秋の米価暴落が農政改革・TPP交渉のカギを握る
8月19日、日本記者クラブにて、元農林水産省官僚で、現在は経済産業研究所・上席研究員、キャノングローバル戦略研究所・研究主幹、農学博士の山下一仁氏の記者会見が開かれました。
会見の中で山下氏は、これまで日本の農業発展を阻んできた背景を分析すると共に、農業を取り巻く体質や体制が改善されれば農業立国も可能であることを主張したほか、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を巡る論争についても言及しました。
まず、山下氏は大詰めを迎えているTPP交渉について
「前提として日本の人口は減少し、胃袋がどんどん小さくなる一方、
他国には農産物を必要として拡大する市場があるということを念頭に置いておかなければならない。
日本の農家が在庫を抱えている農産物を海外に売ることができるのだ。
そもそもTPPに不安を抱いてしまうその根拠は、
TPPを認めれば日本の農業が崩壊して、食料自給率の低下を招き、食の安全が保てないという点にあるが、仮に、農産物の価格が低下するような年があれば、アメリカやEUのように、財政からの直接支払いによって、その低下分が補填する制度を設ければよい。
そうすれば価格下落の影響はなく、農家も困らない。
影響を受けるのは、価格に応じて販売手数料収入が決まる農協だけだ。価格上昇と農協の手数料収入が比例する現在の仕組みは、改善されなければならない。
また食の安全についても、各国で国際基準よりも高い健康保護の水準を設定し、これに基づき独自の安全基準を設定できる。
これは、WTO・SPS(衛生植物検疫措置の適用に関する)協定で認められている各国の主権的な権利であり、TPPでもこれは可能だ」
と解説しました。
そして、6月24日に安倍首相が『農協については60年ぶりの抜本改革となる。これにより中央会は再出発し、農協法に基づく現行の中央会制度は存続しない。改革が単なる看板の掛け替えに終わることは決してない』と発言したことについて「この発言を普通に考えれば、農協主導のペースは崩れ、農政改革が進展することになりそうだ」と付け加えました。
さらに、その農政改革を進めるにあたっては、
今秋の米価動向がカギを握るという見通しを示しました。
山下氏は「今年の秋は米価が暴落する可能性がある。実は一昨年の 2012年産の米は4年ぶりの豊作となるなか、震災の影響で高値となった前年の2011年産の価格を上回った。
消費は減少傾向が続き豊作であるにも関わらず、
価格が上昇しているのだ。
さらに2013年産も前年を上回る豊作となったが、
米の価格はずっと1万4500円程度の高い水準を維持している。
本来、米の価格も他の農産物と同様に、
供給が増えれば価格が下落し、供給が減れば価格は上昇するはずだが、その需給関係が成立しない現象が起きていた。
その理由は、米の流通の5割を占める全農が高い米価を維持するために、供給を抑えたことにあった。
これらの歪んだ措置により、今や全農は多大な米の在庫を抱え込んでいる。在庫が増えると、農協の保管経費が上昇しコスト増となるため、いずれ農協は在庫を処分しなければならない。
そうなると米価は必ず下落する。2014年産米が豊作だと、過剰米はさらに積み上がり、米価はもっと下がるだろう。
農協の米の販売手数料は米価に比例するため、農協は手数料収入を確保できなくなり、農協経営は圧迫される。
さらに、収入が減少した農家から、農協に対する非難が出始める。
そうしたなか、これまで米が過剰になると、
農協は政府に過剰在庫を買い入れてもらう措置を申し入れてきた。
今回も、農協は政府による買い入れを促すことが予想されるが、一方でこれは、農政改革を進めたくない農協にとっては弱味となる。
安倍政権が真剣に農政改革を進めようとするのであれば、農協が建設的な農協改革案を示さない限り、過剰米の買い入れは断固として認めないという態度をとり続けることもできるのだ。
まさに、米価暴落を機に、安倍政権の改革本気度が試される。
言わば、この秋がTPP交渉にもつながる正念場だ」と、米価の動向次第で、今後の日本の農政改革、TPP交渉の道筋が決定づけられる可能性を示唆しました。